直ぐに解雇される特徴

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就職、あるいは転職という人生の岐路において、誰もが一度は深い懊悩(おうのう)に囚われる。職が定まらぬ日々が長引けば、焦燥の念が募るのは致し方ない。とりわけ経済的な困窮に直面している者にとって、就職先が決まらないという事態は、まさに日々の暮らしを脅かす死活問題に他ならないからだ。
振り返れば、私自身の足跡も決して平坦なものではなかった。幾度も転職を重ね、時には非情な解雇通告に打ちのめされた夜もある。現在の境遇に、百パーセントの満足を抱いていると言えば嘘になる。しかし、紆余曲折の末に、今の自分にとって最も条件の折り合いが良いと思える会社に、どうにか籍を置くことができている。
こうした漂流の果てに、私は現在の会社で総務の席に就き、人事を預かる身となった。これまで実に多様な人間の営みを、組織の内側から見つめてきた。理想を言えば、人は実際に雇用し、現場で共に汗を流してみて初めてその真価を判断したいものである。しかし、私どものような中小企業には、贅沢に人材をえり好みしている時間も、組織としての体力的な余裕もない。それゆえ、ハローワークから紹介されてくる求職者に対しては、書類に目を通した上で、ほぼ無条件に採用を決定するというのが実情であった。
だが、人事という窓口に長く座っていると、理屈を超えた直感が働く瞬間がある。先日採用したある人物の履歴書を手に取ったとき、私の胸には、得体の知れない予感が走った。


――この人は、雇ってもすぐにいなくなってしまうのではないか。
その女性は、仮に中尾さんとしておこう。結論から言ってしまえば、彼女を巡る事態は最悪のタイミングが重なったことも災いし、わずか三日で解雇という、あまりに短い幕切れを迎えることとなった。
実は、私の記憶には、彼女と酷似した足跡をたどったもう一人の人物の影が染みついている。かつて在籍した畑中さん(こちらも仮名である)という男だ。彼は一ヶ月で会社を去った。彼らの背後に、何か不吉なものが憑りついているといったオカルトじみた話ではない。ただ、この二人には、恐ろしいほどに酷似した共通の「歪み」が存在していたのだ。
それは、社会的な適応の難しさと、過剰なまでの頑迷さである。
業務の中で何かを注意されると、彼らは即座に防衛的な言い訳を並べ立て、どこまでも自分の我を通そうとした。自らの仕事のやり方を頑なに崩さず、周囲の空気や、組織が求めている暗黙のルールを察知することができない。その不器用さは、他者への配慮を欠いた冷徹な頑固さとなって、職場の調和を乱していく。


中尾さんの場合、その歪みは採用直後から、目に見える形で露呈した。
面接を経て採用が決まり、彼女には一週間後から初出勤してもらう旨を告げた。ところがその直後、まだ初日の仕事すら始めていない段階で、彼女は「すぐに雇用契約書を発行してほしい」と激しく詰め寄ってきたのである。
前述の通り、我が社は決して大企業ではない。潤沢な人員を抱えているわけでもなければ、人事の専門部署が独立して機能しているわけでもないのだ。雇用契約書の締結にあたっては、当然ながら社長の裁可を仰ぎ、細部を相談した上で書類を整えるのが手順である。しかし、中小企業の社長というものは、常に社内にデスクを構えているわけではない。出張や外回りも多く、そう簡単に判子がもらえるものではなかった。
私は宥めるように、彼女に言葉を掛けた。
「申し訳ないが、少し待っていただけませんか」
しかし、彼女はその提案に一切耳を貸さなかった。
「私はここで、長く腰を据えて仕事をしたいと思っているんです。だからこそ、早く契約書をいただきたいのです」
まるで壊れたレコードのように、彼女はその一点張りを繰り返すばかりであった。長く勤めたいという言葉とは裏腹に、その瞳にあるのは組織への信頼ではなく、ただ自己の権利を守りたいという強迫的な焦燥だけだった。
中尾さんが我が社にやってきたのは、十一月の後半のことであった。履歴書を改めて見返してみれば、彼女にとって我が社は、その一年間だけで数えて「三件目」となる職場であった。
彼女は、日暮れの早い十一月の寒空の下、三日でクビを宣告された自らの後ろ姿をどう捉えているのだろうか。なぜ、自分がこうも短期間で職場を追われることになってしまうのか。その本当の理由について、静かに胸に手を当てて考えることは、果たしてあるのだろうか。歩み去る彼女の背中に、私はただ、深い溜息を禁じ得なかった。

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