高校生が昼間っから…

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 昼餉をとるため、いつものうどん屋に腰を落ち着けていると、店の戸が不意に押し開けられ、数人の高校生が「ドヤドヤ」と雪崩れ込んできた。制服の襟元には、どこか師大付属のきちんとした空気が漂っている。彼らは卓につくや否や、早口の中国語で何事かを論じ始めた。耳を澄ませても、私の語学力ではその奔流を掬い取ることはできない。ただ、声の調子から察するに、どうやら勉学に関する議論らしい。やがて服務員を呼び、彼らは手際よく注文を告げた。
 すると、料理とともに、当然のようにビールが運ばれてくる。私は思わず、自分の手元のグラスを見下ろした。昼間から酒をあおっている身としては、「これはこれは、どーも」と、茨城訛りの挨拶でも洩らしたくなる。驚くべきは、彼らが決して不良の類ではないという点である。


 むしろ、眼鏡の奥に光る真面目さや、姿勢の端正さなどから、生徒会長の一人や二人は務まりそうな風貌である。その優等生然とした少年が、白昼堂々とビールを口に運ぶ。この国では、これが「普通」なのだろうか。胸の内に、軽いカルチャーショックが波紋のように広がった。国立大学の付属校に通うということは、家庭もまた教育熱心であるに違いない。だが、周囲の大人たちは誰一人として眉をひそめない。他の卓にも、同じようにビールを傾ける高校生がいる。
 「法律では十八歳未満の飲酒は禁止」と聞いたことはある。しかし、現実には未成年でも酒を買え、飲んでいても誰も咎めない――その建前と本音の落差が、まるでこの国の空気の一部であるかのようだ。
 日本ではこうはいかない。だが、それをもって「民度」と呼ぶべきかどうか、私は即断できない。
 思えば、イスラム圏では飲酒そのものが罪に問われる国もある。北欧の寒冷地では、飲みすぎを恐れて販売時間に厳しい制限を設けている。世界を見渡せば、日本の規制は決して突出して厳しいわけではなく、むしろ中庸の域に属するのだろう。うどん屋の湯気の向こうで、少年たちは笑いながらグラスを傾けている。
 その姿は、異文化の不思議さと、人間の普遍性とが、奇妙に同居した光景のように思われた。

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