大陸の煙、埃の洗礼 ―― 異邦人ひとりごと
海外――といっても中国での話だが、あそこで経験した「どうしても納得がいかないこと」について、少しばかり独白(ひとりごと)を並べてみたい。
まず断っておくが、今の私は煙草を嗜まない。禁煙を誓ってからというもの、かれこれ十三年の月日が流れた。吸い始めたのは二十歳そこそこの頃――まあ、これは「そういうこと」にしておいていただこう――だったが、かの国にいた当時は、まだ一人前の愛煙家だったのである。
西暦二〇〇〇年をまたぐあの頃、中国の煙草は安かった。一箱たったの百円。だが、安さに比例したわけでもあるまいに、マナーの方はといえば、これがなかなかどうして、豪快きわまるものだった。「何でもあり」の四文字が、街のあちこちで看板を掲げているような、そんな気配すらしたのである。
今でも思い出すと、つい顔をしかめてしまう一件がある。
友人の林君が、一人の男を私の部屋へ連れてきた。「サッカー仲間だ」というが、見るからに油断のならない、怪しげな風来坊だ。その男、私の向かいに座って話し始めたかと思うと、いきなり煙草に火をつけた。
こちらも心得たもので、すぐさま灰皿を差し出した。ところが、だ。男はその灰皿を無視し、指先でポンポンと灰を弾いて、こともあろうに私の部屋の床へ落とし始めたではないか。
これには閉口した。もし日本の家で、畳の上に灰をぶちまけ、吸殻を転がして平然としている奴がいたら、迷わず正気を疑うだろう。だが彼は、それが当たり前だと言わんばかりの顔で、私の部屋を汚し続けていたのである。

どうやらあの国では「ゴミは捨てた瞬間に、責任も一緒に捨てたことになる」という理屈がまかり通っているらしい。道にゴミを棄てるのは日常茶飯事。列車に乗れば、通路はまたたく間にゴミの海と化す。掃除員が一生懸命に働いてはいるが、追いつくはずもない。動画サイトで「ゴミに埋もれた中国の列車」を見たことがある御仁もいるだろうが、あれは決して誇張ではない、紛れもない現実だったのである。
留学を始めて間もない頃の私は、この「文化の洗礼」に何度も仰天させられた。
ある飲食店での出来事も、忘れられない。
昼時を少し過ぎた、中途半端な時間だった。店側はもうすぐ休憩に入るという頃合いで、服務員の娘が掃除を始めた。
客がまだ食事中だろうが、お構いなしだ。彼女は、西日に照らされて白く舞い上がる猛烈な埃をものともせず、竹の箒(ほうき)で床をガリガリと掃いていく。
不愉快? もちろん。食いかけの回鍋肉に埃がふりかかるのは、御免被りたい。だが、ここで文句をつけてトラブルになるほど、私は若くもなかった。
私は大人しくすることに決めた。ぐっと不満を飲み込み、もうもうと舞う埃の中で、冷めかかった飯と回鍋肉を黙々と口に運び、一気に掻っ込んだのである。
十三年前に断った煙草の煙のように、あの頃の不満も今では遠い空へ消えてしまった。だが、あの時味わった「どうしても認められない」強烈な違和感だけは、今も私の記憶の隅に、消し忘れた吸殻のようにポツンと残っているのである。


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