そのころ、二〇〇〇年の中国の街路には、まだ多くの自転車が風のように行き交っていた。
人々の暮らしに寄り添う素朴な移動手段として、私もまた一台の自転車を欲していた。買い物に出るにも、近くの超市へ向かうにも、歩くよりはずっと気ままな自由を与えてくれるだろうと思ったのだ。
十字路の角にあるその店には、しかし自転車を留める場所がない。
それでも、あの国の人々は気に留めるふうもなく、思い思いの場所に自転車を置いてゆく。
私もまた、その無造作さに倣えばよいのだろうと、どこかで自分に言い聞かせていた。
二日前、家庭教師の林君に自転車の購入を頼んだ。
「林君さ、自転車がほしいんだけど、あまり金もないから、安いものでいいんだ。中古でも構わない」
「自転車ですか。ええ、私が見てきますよ。良いものを選んで持ってきます」
そんなやり取りを交わしたきり、私は今日が来るのを、ひそやかな期待とともに待っていた。
その日の午後、電話が鳴った。
「らむ銀さん、自転車を持ってきました」
玄関を出ると、林君が黒い自転車の後ろに立ち、どこか誇らしげに私を待っていた。
黒いフレームは、通勤用というより山道を走る車体のようであった。
私は中国の自転車といえば、新聞配達が使うような無骨な(崎岖=qíqū)業務用の姿を思い描いていた。ロッドブレーキ(杆式制动器=Gān shì zhì dòng qì)の、あの古風な仕組みを当然のように想像していたのだ。だが、目の前の車体にはカンチブレーキ(悬臂式制动器=Xuánbì shì zhìdòngqì)が備わっている。ディスクブレーキ(碟刹=Dié shā)など、この国ではまだ見かけることも少なかった。後になって私はディスクの自転車を買い、乗り回すようになった。安全性を思えば、あれほど頼もしいものはない。カンチブレーキは、リムを拭き清めておかねばならず、汚れたまま強く握れば、車輪はたちまちロックし、身体は前へ投げ出される。
一度、信号が変わった瞬間に急ブレーキをかけ、前輪がふわりと浮き上がったことがあった。
世界が反転し、私は自転車に跨ったまま、背中から道路へ落ちていった。
あのときの空気の冷たさと、地面の硬さは、今もどこかに残っている。
林君が持ってきた自転車に跨り、玄関前の小さな広場をそろそろと走りはじめた。
踏み込むたび、ペダル(踏板=tàbǎn)がわずかに重い。だが、その程度の不具合なら、異国の暮らしに添えられた愛嬌(魅力=mèilì)のようなものだと、自分に言い聞かせることもできた。
タイヤの空気も、甘すぎるわけではない。
広場は狭く、風を切るほどの速度も出せぬまま、私は歩くより少し早いくらいの調子で、車体の様子を確かめていた。
ところが、胸の奥に小さな棘のような違和感(不适=bùshì)があった。
それは、すぐに正体をあらわした。
自転車としては、あまりに致命的な欠陥(缺点=quēdiǎn)であった。
自然に減速して林君の前に止まり、足先で地面を押さえながら言った。
「りんくんさあ、まあまあ、いいんじゃない」
林君は、どこか誇らしげに胸を張って答えた。
「これ、盗難(盗窃=dàoqiè)自転車なんです」
「えっ、それはまずいんじゃないのか」
「盗難というか、捨てられたか放置された(弃=qì)自転車を扱う店があるんですよ」
「なるほど……つまり、出所が分からない中古品というわけだな」
中国が自転車大国だったころの名残なのだろう。
細かいことを気にしても仕方がない、と半ば諦めのように思った。
だが、どうしても言わねばならぬ違和感が残っていた。
「ところで、この自転車さ……肝心なものがないよね」
「なんですか? 鍵ですか?」
「いや……ブレーキ」
「はい、ブレーキついていないです」
左のハンドルにはレバーそのものがなく、右側はワイヤー(金属丝=Jīnshǔ sī)が切れているらしく、握っても空をつかむように軽かった。
その当然のような口ぶりに、私はしばし言葉を失った。
林君は、むしろ不思議そうに首をかしげて言った。
「らむ銀さん、もしかして……ブレーキいるんですかぁ?」
ちょっと待ってくれ。
中国では、ブレーキは“あれば便利”程度の装備なのか。
私の常識は、どうやらこの国では通用しないらしい。
「北京ではブレーキなくても大丈夫ですよ」
林くん……君はいったい、何を言っているんだ。
その無邪気さ(天真地=tiānzhēn dì)に、私はただ空を見上げるしかなかった。


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