鉄棒と銀色の日曜日

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その日は、朝からひどく平坦な空の色をしていた。
 ハローワークへ行く。ただそれだけのことなのだけれど、親会社から「人手不足だから顔を繋いでおきなさい」という、どこか他人事のような、でも逆らうことのできない助言があって、私は重い腰を上げた。仲良くしておけば、いつか何かの融通が利くかもしれない。そうした「根回し」という考え方は、私の趣味ではないけれど、この世界を生きていくための、一つのまっとうな理(ことわり)であることは認めなくてはいけない。
 世の中の人は、お役所という場所を、融通の利かない鉄の箱のように思っているけれど、案外、そんなこともない。地方の議員さんたちは、いつだって「動く」機会を窺っている。彼らにとって、誰かのために奔走することは、自らの存在理由を確かめる唯一の手段なのだから。もちろん、そこには「袖の下」なんていう、少し古風で、でもどこか人間臭いやり取りが、ご愛敬として添えられることもあるのかもしれない。
 相談窓口に座っていた里中さんは、驚くほど背筋の伸びた、スタイルの良い女性だった。
 四十代の後半、といったところだろうか。けれど、彼女のまわりだけは空気がはつらつと震えていて、年齢という概念を軽々と飛び越えているように見えた。


 私は、勝手な偏見を抱いていたのかもしれない。公務員という職に就く女性は、もっとこう、銀縁の眼鏡の奥でひたすら参考書を捲っているような、清潔だけれど少しだけ汗の匂いがする、そんな不器用な学生がそのまま大人になった姿を想像していたのだ。
 けれど、少し前にお世話になった労働基準局の新美さんといい、この里中さんといい、お堅い職場で働く女性たちが、こんなにも鮮やかで、そして「きれい」であることは、私にとって、とても幸福な驚きだった。
 私は、一つの確信を持っている。
 女性は、スタイルが良い人ほど、美しい。
 それが、体型が良いから美しいのか、美しいからスタイルが良いのかは、鶏と卵の議論のようなものかもしれないけれど。男の抱く理想と、女性が追い求める理想には、きっと深い河が流れている。
 世間では、モデルのような細さが持て囃されているけれど、私は、マリリン・モンローのような、あの健康的な豊かさこそが、本当の意味での「象徴」に相応しいと思っている。平均よりも少しだけふっくらとしていて、でも、凛とした生命感に満ちている。少なくとも「私」という人間は、そう信じている。 

 里中さんと話をしているうちに、言葉の端々から、私が二十代の初め、水泳のコーチをしていた頃の記憶が零れ落ちた。
 私は体操部の出身で、当時は生徒たちを喜ばせるのが、自分の大切な役割だと思っていた。クリスマス会になれば、コーチたちが集まって、不格好なダンスを踊ったり、即興の劇を演じたりしたものだ。
 ある時、私は正義の味方に立ち向かう悪役を演じた。銃で撃たれ、三階の高さから二回転して、水面へ、あるいはマットへとお腹から落ちてみせる。スタントマンのようなその派手なパフォーマンスを、子供たちは目を見開いて眺めていた。
「まあ。スタントマンだったんですか?」
 里中さんが、鈴を転がすような声で突っ込みを入れる。私は苦笑いをして、首を振った。
「いえ、体操部というのは、案外なんでもこなすものなんですよ」
 例えば、昔のCMで見たような、ポールに掴まって体を真横に保つ「鯉のぼり」のポーズだって、あの頃の私には、それほど難しいことではなかった(もっとも、あれはあれで、相当な覚悟が必要なのだが)。
「じゃあ、今でも鉄棒は……逆上がりとか、できるんですか?」
 彼女の瞳には、子供のような無邪気な好奇心が宿っていた。
「どうでしょう。今は身体が重くなってしまったから、きっと無理ですよ」
 私は謙虚さを装ってそう答えたけれど、心の中には、微かな火が灯っていた。
 金曜日に彼女と会い、日曜日。
 私は近所の公園へ、一人で向かった。
 午後の光が、誰もいない遊具の砂場を白く照らしている。冷たい鉄棒の感触。掌を包む、鉄の匂い。


 私は意を決して、鉄棒を握りしめた。
 けれど、地面を蹴ろうとした瞬間、身体がひどく拒絶した。逆さまになって世界がぐるりと回ることへの、説明のつかない恐怖。勢いをつけようとしても、身体の重みは鉛のように足首にまとわりつき、心は空中で止まったまま動かない。
 筋力の衰えを認めるのは、少しだけ寂しいことだったけれど、それは避けることのできない現実でもあった。
 それでも、私は諦めるつもりはなかった。
 逆さまになった世界から、もう一度だけ、里中さんのような凛とした空気に触れてみたいと思ったのだ。
「少し練習すれば、きっとまた回れるようになる」
 私は自分に言い聞かせるように、誰もいない公園で、もう一度だけ鉄棒を握り直した。
 しばらくの間の、私の秘密の目標。
 それは、あの日曜日の公園で置き忘れてきた、自分自身の軽やかさを取り戻すこと。
 次にハローワークへ行く時、私は里中さんに、どんな顔をして会うだろう。
 もしも、もう一度逆上がりができたら。
 その時は、窓から差し込む冷たい光のような、そんな静かな声で、彼女に報告してみようと思う。
 世界がもう一度、私の前でぐるりと回ったことを。

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