葬儀の日
其の日は、湿り気を帯びた空気が堂内に停滞し、線香の燻る香が、生者と死者の境界を曖昧にするかの如く漂うていた。予は、故人への最後の手向けとして、畳の上に端座し、微動だにせぬことを自らに課したのである。
始めの内こそ、背筋を伸ばし、粛然たる心持ちにて読経に耳を傾けていたものの、時は無情に推移する。刻一刻と、予の膝下に蓄積される重力は、次第に肉を圧し、骨を削るような鈍い苦痛へと変貌を遂げていった。正座という、東洋の美徳とも称すべき姿勢は、時として残酷な枷となる。血流は堰き止められ、予の脚部は、生きた肉体としての連続性を失い、あたかも冷徹な石材へと化してゆく心地がした。
ようやく読経が止み、会葬の儀が一段落を告げた時、予は立たねばならぬ宿命に直面した。しかし、脚は既に予の意志を離れている。感覚は悉く死滅し、膝から下は、虚無の中に漂う異物の如しである。無理に腰を浮かせんとすれば、かの忌まわしき「痺れ」が、万雷の針となって皮膚の裏側を突き刺した。「ジーン」という、形容し難き不快なる共鳴。それは神経の末端が、強引に呼び覚まされたがゆえの悲鳴であろうか。予は、内なる激痛と無感覚の奇妙な同居に耐え、辛うじて立ち上がらんとする。其の様は、生まれたての小動物が如く、甚だ覚束ぬものであった。
周囲の参列者からは、憐憫の情を孕んだ視線が注がれる。中には「無理をなさらず」と、声を掛けてくれる者もいた。其の同情は、予の自尊心を鋭く抉る。予は、内心の苦悶を覆い隠すべく、口角を微かに上げ、世辞にも自然とは言い難い愛想笑いを浮かべた。其の卑屈な微笑は、悲しみの場に於いて、何とも不調和な、醜悪な装飾であったに相違ない。
ようやく直立せし時、予の胸を去来したのは、安堵ではなく強い羞恥であった。故人との別れという、至高なる精神の営みの場にありながら、予の意識は、僅かばかりの肉体の不自由と痛みに支配されていたのである。
「己の修行の足りぬがゆえに、故人の旅立ちを、斯様な見苦しき振る舞いで汚してしまった」
畳を離れた足裏に、なおも残る微かな痺れを感じながら、予は深く頭(こうべ)を垂れた。冷ややかな風が堂内を吹き抜け、予の偽りの微笑を、静かに拭い去ってゆくのを覚えるのみであった。


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