生きた心地がしない!ノーマルタイヤ爆走タクシー。辿り着いたのはレンガ造りの温かい家だった

中国での生活

 空港を出て、私たちは林君の自宅へ向かうためにタクシーへと乗り込んだ。
 この地域を走るタクシーの多くは「長安鈴木(チャンアン・スズキ)」の車だった。形状から見て、おそらく日本でお馴染みの軽自動車「アルト」の中国仕様か、その亜種にあたるモデルだろう。
 車窓から外を眺めると、真冬の道路は見渡す限りカチカチに凍りついている。それにもかかわらず、タクシーの足元を見ると、驚いたことに溝が完全にすり減ってツルツルになった夏用のようなタイヤを履いていた。そんな心許ない装備のまま、運転手は凍結路面を信じられないほどの猛スピードで突っ走っていく。後部座席で肝を冷やしている私をよそに、現地の人々の間には妙に説得力のある「極寒の物理理屈」が存在していた。
 彼らの主張はこうだ。そもそも車がスリップするのは、タイヤと路面の氷との間に生じた摩擦熱で氷が溶け、そこにできた「水の膜」が潤滑油の役割を果たしてしまうからである。しかし、気温がマイナス25度ともなればあまりにも寒すぎるため、タイヤが回転する程度の摩擦熱では氷がそもそも溶けない。万が一溶けたとしても、周囲の圧倒的な冷気によって瞬時に再凍結してしまうため、滑る原因となる水の膜が形成されないというのだ。
 それどころか、あまりの低温ゆえに、ゴムタイヤが氷の表面にピタッと吸い付くように貼り付き、かえって滑りにくくなるのだという。これはよくロシアなどの極寒の国で、屋外にある鉄製の構造物(たとえば自転車のハンドルや鉄柵など)にうっかり濡れた舌をつけると、瞬時に凍りついて剥がれなくなってしまう恐怖の現象と同じ原理ではないだろうか。
 実際の科学的な信憑性についてはわざわざ確かめていないが、あの凍った道を平然と爆走する運転手のハンドルさばきを見せつけられると、「なるほど、そういうものか」と妙に納得し、信じ込まざるを得なかった。
 タクシーを降り、林君の家がある「北大(ベイダー)」と呼ばれる地域へと足を進めた。そこはのどかな農村地帯だった。古くからある、少し寂れた民家が静かに立ち並ぶ素朴な集落である。
 あたりにはところどころに雪が残っていたが、空気が非常に乾燥しているため、日本の豪雪地帯のようにしんしんと雪が降り積もることはない。私が2年以上暮らした北京もかなりの極寒の地であり、緯度で言えば日本の青森県とほぼ同位置にあたる。本格的な冬を迎えれば、1日の最高気温がマイナス5度、最低気温はマイナス17度まで下がる世界だ。しかし、これほど寒くても気候が極度に乾燥している北京では、冬の間に雪がほとんど降らない。まったく降らないわけではないが、10月下旬頃にふわっと粉雪が舞う程度で、地面に積もることもなくそのまま風に溶けて消えてしまう。そして春先の3月下旬頃に再び同じように名残雪がちらつくくらいで、肝心の12月から2月までの最も寒い時期には、驚くほど一切雪が降らないのだ。


 林君の住むこの延辺地域は、内陸の北京と比べればいくらか海岸線に近いためか、日陰のあちこちに白い残雪がへばりつくように残っていた。しかし、北京の冬で「遮るもののない強風と、雪の降らない乾いた猛烈な寒さ」を嫌というほど骨の髄まで経験してきた私の身体は、この雪のない寒景色の広がりを目にした瞬間、過去の記憶が学習的にフラッシュバックしてしまった。これから直面するであろう暴力的な寒さに対して、身体が勝手に警戒アラートを鳴らし、全身の筋肉に俄然(がぜん)ギガッと力がみなぎって硬直していくのが分かった。
 集落の入り口から、カチカチに凍りついた未舗装の道を足元に気をつけながら歩くこと約5分。ようやく林君の温かい実家に到着した。
 建物は、中国の農村部では極めて一般的で伝統的なレンガ造りの平屋建てだった。重厚な木製の玄関の扉を開けて中に入ると、まずは広々とした土間が広がっており、そこから居住スペースへと繋がっている。
 一歩部屋の中に入ると、外の地獄のような絶対零度が嘘のように、心地よい暖かさがじんわりと身体を包み込んでくれた。それは、日本の東北地方の暖房が効いた室内で感じるような「入った瞬間に汗ばむような強烈な暑さ」ではなく、どこか優しく穏やかな温もりだった。おそらく、外の冷気を遮断し、室内の熱をじっくりと蓄えるレンガの優れた断熱効果のおかげなのだろう。私は強張っていた全身の力をようやく抜き、旅の防寒着をそっと脱ぎ始めたのだった。

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