意を決して空港の自動ドアをくぐり、玄関を一歩出ると、そこには凄まじい熱気の群衆が押し寄せていた。みんなが競い合うようにして、名前の書かれた小さなプラカードを必死に掲げている。
出迎えの人間が客よりも多いのではないかと思わせるこの圧倒的なエネルギーは、おとなしい日本の空港ではまず見かけない光景だ。以前滞在していたベトナムの空港でもよく目にしたビジネスライクな光景だが、もし日本に帰国した際にあんな大々的な出迎えをされたら、気恥ずかしさのあまりに引き返したくなるだろう。サプライズの笑い取りならともかく、私が静かに帰国するときはぜひ勘弁していただきたいものだ。
ここ延辺の空港でも、群衆がフェンス越しにひしめき合っていた。その熱狂的な人混みの隙間から、まるで赤塚不二夫の漫画から飛び出してきたような「おそ松くん」が、満面の笑みを浮かべてこちらに向かって激しく手を振っているのが見えた。
何を隠そう、彼こそが我が友、林君である。彼の笑顔のシルエットは、どこからどう見ても赤塚漫画のキャラクターそのものなのだ。「これでいいのだ」と叫びたくなるような四角い輪郭と特徴的な髪型。失礼を承知で言わせてもらえば、朝鮮系の方々特有の立派に張ったエラが、そのコミカルさを絶妙に引き立てている。顔立ちは『もーれつア太郎』のようでもあり、体型は完全なガニ股の短足。しかし、そんなルックス(失礼!)にもかかわらず、彼はなぜか女性にめっぽうモテるのだ。大学でサッカーをやっていたスポーツマンであり、性格は底抜けに優しく、その上すこぶる頭が良い。まさに内面のスペックで勝負するタイプであり、私にとっても本当に大事にしたい男であった。
約1年ぶりとなる、久々の感動の対面である。彼は私をまるで実の兄のように慕ってくれており、顔を合わせるなり相好を崩した。私はといえば、寒さのあまり震える声でこう切り出した。
「それにしても寒いね……。電光掲示板を見たらマイナス25度だってさ」
マイナス25度の世界というのは、もはや「寒い」という次元を超えている。顔面をそのままキンキンに冷えた氷水の中に突っ込まれ、そのままフリーズさせられているような猛烈な痛覚に近い感覚だ。ところが、林君はこともなき顔でこう言った。
「いやぁ、今日はかなり暖かい方ですよ!」
……何を言っているんだ、このおそ松くんは。一瞬耳を疑ったが、よくよく考えてみれば、彼らにとってマイナス25度が日常の標準仕様なのだとすれば、これが「暖かい」という感覚になるのも頷けなくはない。人間の体感温度というものは、実に対象的なものだ。
私が暮らしていた北京でも、真冬になれば1日の最高気温がマイナス5度にしかならない日がある。そんな日の夜間は、マイナス17度まで一気に冷え込む。しかも北京には面白いローカルルールがあり、どんなに寒くても11月15日までは厚手の上着の着用を周囲がなぜか自粛する風潮があるのだ。これは「本格的な冬が来る前に体を寒さに慣らすため」というストイックな生活の知恵なのだが、これを知らない外国人がうっかり防寒着を着て街を歩こうものなら、地元民からの冷ややかな視線を一身に浴びることになる。それくらい定着している冬の風俗詩なのだ。北京でさえそうなのだから、ここ延辺であれば、さらに過激で想像を絶する寒さ対策があっても不思議ではない。
「だって先輩、昨日はマイナス30度まで下がりましたから。それに比べたらマシです」と林君は笑う。
なるほど、マイナス30度から見れば、マイナス25度は5度も「高い」わけだ。日常生活において、気温が20度から25度に上がれば、過ごしやすい陽気から一転して「ちょっと汗ばむな」と感じるようになる。その温度差による体感のメカニズムを極寒の世界にそのまま当てはめれば、彼らにとってマイナス25度が「なんだか今日は暖かいな」になるのも、あながち理不尽な話ではないのかもしれない。
この「温度差による体感のバグ」といえば、かつてベトナムの工場立ち上げに奔走していた頃にも、真逆のシチュエーションで全く同じ経験をしたことがある。
当時、ようやく工場が大方稼働し始めた頃に、ちょうど現地の厳しい乾季が到来した。気温がグングン上昇する中、工場の空調設備の規模が小さすぎたため、広大な敷地全体を冷やすことがどうしてもできなかったのだ。結果として、工場内の気温はなんと連日40度(正確には39.8度)に達するという地獄絵図となった。
さすがにこのままではバタバタと作業員が倒れてしまうため、会社側は必死の脱水症対策を講じた。大きなポリバケツに大量の水を張り、そこに氷をドカドカと投入して、現地で調達したペットボトル入りの炭酸水をこれでもかと冷やし込んだ。そして、休憩時間や昼休みといった規則はいっさい無視して、喉が渇いた者は作業中であっても自由に飲んでいいという特別ルールを作った。これが現地スタッフには大好評だった。
ただ、このベトナム製の炭酸水、お世辞にも日本人の舌に合う味とは言えなかった。一口飲むとシュワっとした刺激の後に、妙に塩辛い後味が口いっぱいに広がるのだ。現地の硬水ベースの成分に慣れていなかったせいもあるかもしれない。日本でも炭酸水はよく好んで飲む方だが、あのベトナムの地で味わった「脳に突き刺さるような奇妙な酸味と塩気」ほど強烈なものには未だかつて出会ったことがない。価格は当時1本35円ほどだったと記憶している。今こうして思い出すだけでも、当時の暑さと相まって口の中に生唾がじわっと湧き出てくるような味だが、じゃあ「もう一度飲みたいか?」と聞かれれば、答えは断固として「否」である。
そんなとんでもない猛暑が何日も続いていたある日、ふと風が通り抜けるような涼しい日があった。
作業員たちも口々に「あぁ、今日は涼しいね」「ずいぶん過ごしやすいな」と笑顔で話していた。確かに私も、体感として明らかに熱気が和らいだ気がしていた。一体どれほど気温が下がったのだろうと期待に胸を膨らませて工場の壁の温度計を見てみると……。
【36.5度】
人間の平熱と全く同じ数字がそこには表示されていた。36度超えの猛暑日であることに変わりはないのだが、連日40度の地獄に肉体がアジャストされていた私たちにとっては、たった3度強下がっただけで、そこは天国のような避暑地へと変貌していたのだ。
やはり、人間が感じる「暑い」「寒い」の正体は、絶対的な数値ではなく、直前まで置いてかれていた環境との「温度差」なのだ。設定温度が28度だった部屋が25度になれば誰もが涼しいと喜ぶように、マイナス30度がマイナス25度になれば「暖かい」し、40度が36.5度になれば「涼しい」のである。
そんな人間の身体のいい加減さと神秘に妙に納得しながら、私はおそ松くんの先導の元、マイナス25度の「暖かい銀世界」へと一歩を踏み出したのだった。
体感温度って大切
中国での生活
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