学校の学習室で、私はテキストの音読に没頭していた。かなり集中していたのだろう、気がつくと2時間もの時が流れていた。読んでいたのは、会話中心のテキストだ。
実際の会話に基づいた内容は、意味が分かってくると実に面白い。それに比べて、文法の講義は退屈極まりないものだ。
ここで私の持論を言わせてもらえば、語学において文法はあまり重要視しない方がいい。
「文法は日常会話に必要なことだけを、その都度覚える」

これこそが勉強としての質が高く、上達も実感しやすい方法なのだ。細かいルールは気にせず、とにかく声に出して読むこと。これぞ語学の王道であると私は信じている。
熱い音読を終えて自室に戻った私は、ベッドに大の字になって休んでいた。時刻は夕方の6時頃。
いやはや、勉強というのは本当に疲れるものだ。体を動かすよりも、頭を使う方がよほど疲弊する。この心地よい疲労感は、頭を一切使わない輩には到底分からない、高尚な境地なのだろう……などと、一人で悦に浸っていた。
その時、「トントン」とドアを叩く音がした。
「どうぞ」と応じると、ドアを開けて高橋君(仮名)が入ってきた。
彼は、まだ留学生活が浅い私とは違い、すでに2年目に突入している先輩だ。しかも、彼には中国人の彼女がいる。それがまた悔しいことに、なかなかの美人なのだ。可愛い彼女と毎日喋っているのだから、彼の中国語のレベルが高いのも当然である。
(可愛い彼女ができれば、そりゃあ上手くなるよなぁ。俺だって彼女を作りたいぞ、羨ましいぞ高橋!)
そんな激しい嫉妬を心の中で燃やしていると、彼がニヤニヤしながら切り出してきた。
「らむぎんさん、さっき学習室にいましたよね?」
その言葉で、さっきの光景を思い出した。私の4列ほど後ろの席で、高橋君が彼女と勉強していたのだ。
私たちの間には「勉強中はお互いに邪魔をしない」という約束があった。というか、声を出して勉強しても構わないが、あくまで常識の範囲内で、というのは利用者の暗黙の了解だった。
「そういえば、高橋君も可愛い彼女と一緒にいたね」
私がそう返すと、高橋君は吹き出すのを堪えるような、実にもったいぶった笑みを浮かべた。
「いやね、らむぎんさんのすぐ後ろの席に、中国人の女の子が二人いたの知ってます?」
「あ、そういえばいたね」
「あの女の子たち、らむぎんさんの音読の発音を聞いて、ずっとクスクス笑ってましたよ」

「えっ……!」
その瞬間、恥ずかしさで顔から火が出るかと思った。
しかし、すぐに思い直した。仕方がない、これが今の実力なのだ。まずはこの下手さを謙虚に受け止めよう、と。
あれから何度も笑われたし、実を言えば、今でも笑われることはしょっちゅうある。発音が間違っていたり、アクセント(声調)の違いで全く違う意味に捉えられてしまったり……。
でも、今ならハッキリと思える。
「語学というのは、笑われてナンボの学問」なのだ。
よく「男性よりも女性の方が語学の上達が早い」と言われるが、あれは女性の方が圧倒的にメンタルが強いからだと思う。男は見栄やプライドが邪魔をして縮こまりがちだが、女性は恥を恐れずに飛び込んでいく。
「笑われているなら、もっと笑われてやろうじゃないか」
そう開き直ってから、私の中国語はさらに多くの笑いを振りまくようになった。私の変な中国語のせいで周りの人が笑顔になり、結果的に人々を幸せにした……ような気がしている。笑ってもらえて、実は私も幸せなのだ。
笑われた分だけ、人は上手くなる。だから私は、今日もめげずに声を出し続けるのである。



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