嗜みとしての習慣

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「纏足(てんそく)」という、かつて大陸に実在した悍ましくも哀しい習慣について、私は折に触れて思考を巡らせてしまう。
 私なりのささやかな考察を述べさせていただけるなら、それは日本の江戸時代までの婚姻や倫理のあり方にも、どこか通底するものがあるように思えてならない。かつての日本でも、女性がみだりに人前で素足を晒すことは、決して許されない不作法であり、慎むべき風潮があった。
そうした身体にまつわる禁忌の感覚を私に強く想起させたのは、先日観た、とある一本の短編映画だった。劇中で描かれていたのは、中国において二十世紀半ばの文化大革命の直前に至るまで、連綿と続いていたという「纏足」を巡る女性たちの過酷な運命であった。
 幼い頃、満州からの引揚者であった、今は亡き私の父は、纏足についてこう教えてくれた。
「あれはな、嫁いだ女性が簡単に家から逃げ出せないようにするために、物理的に足を奪うことから始まった悪習なんだよ」
当時の私は、人間の肉体を人為的に変形させる「身体改造」という特異なカルチャーに強い関心を抱いていた時期でもあった。父のその言葉に強い衝撃を受け、私はすぐさま書店へと走り、纏足の歴史と実態を詳細に論じた新書を購入して夢中でページをめくった。
 纏足が行われる詳細な医学的・歴史的プロセスについては、あまりに凄惨であるため、ここではあえて筆を控えることにする。しかし、その新書が教えてくれた本質は、単なる「逃亡防止」という抑圧を超えた、倒錯した美意識の極致であった。
 驚くべきことに、大陸の歴史において纏足とは、女性をより一層、性的に魅力的かつ淫らに見せるための極上の「嗜み」として機能していたのだ。
 そこでは、女性の足は小さければ小さいほど、歪んでいればいるほど高く評価された。それはまるで、女性器の優劣を値踏みするかのような、極めて露骨でフェティシッシュな視線だった。足の形、皮膚の色、そして肉の隙間から漂う特異な「香り」に至るまで、ありとあらゆる要因が細分化され、格付けされていたという。
ゆえに、纏足を施された女性たちにとって、人前でその足を晒すということは、すなわち自らの最も秘められた「性器」を白日の下に晒すことと同義であり、耐え難い羞恥と罪悪感に苛まれる行為であった。彼女たちにとって、足を見せることは、とんでもない猥褻行為に他ならなかったのである。
 しかし、個人的に「足が性器の象徴である」という、フロイト的なステレオタイプの精神分析の図式は、どうにも私の肌に合わない。むしろ、現代の女性たちが好んで衣服や髪にあしらう「リボン」のあの重なり合う形状のほうが、私にとってはよほど視覚的・象徴的に猥褻なものに感じられるのだ。この「記号とエロス」を巡る象徴論については、いずれまた日を改めて別の文章で深く考察し、まとめてみたいと思っている。
 ここでは話を戻し、かつて東洋の女性たちが内包していた、自らの「足首」や「足先」を隠し、あるいは見せることに対する、特有の繊細な嗜みに焦点を当てておきたい。
 先日観た短編映画は、まさにその纏足という文化の闇を、静かに告発する内容だった。
 劇中では、近代化の波が押し寄せるなか、西欧人たちのいびつな好奇心の対象として、纏足の女性たちが目を付けられる。東洋の神秘、あるいは「奇怪な見世物」として、彼女たちの変形させられた足を博覧会や見世物小屋で披露すれば、莫大な商売になると踏んだ興行師たちが現れるのだ。
 自らの国では、最も秘められるべき聖域であり、同時に抑圧の象徴でもあったその歪んだ足を、見知らぬ異国人たちの下卑た視線と哄笑のなかに晒さざるを得なくなった女性。彼女の深い戸惑いと、文化の断絶がもたらす圧倒的な悲劇。映画のスクリーンに映し出された彼女の怯えた眼差しは、歴史の激流に弄ばれた人間の尊厳の拠り所を、静かに、しかし激しく問いかけているようだった。
 衣服の隙間からこぼれるわずかな肌に、かつての人間は過剰なまでの物語とエロティシズムを幻視した。纏足という哀しい遺物を振り返る時、私は人間の美への執着の恐ろしさと、それを隠し通そうとした東洋の夜の深さに、ただただ言葉を失うのである。

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