腋の下の黒い深淵、あるいは一九九八年の告白
あの夏の北京のバスは、人間の体液と、都市の排気ガスと、誰がこぼしたかもわからない西瓜の汁の匂いが混ざり合い、発酵を始めた巨大な生き物のようだった。
車内に満ちた熱気は、肌にまとわりつくというより、皮膚の毛穴から直接侵入してきて、僕の血をじわじわと沸騰させていく。呼吸をするたびに、他人の肺を通ってきた空気を吸い込んでいるような、えも言われぬ生々しさがあった。
そんな密室の中で、彼女は僕の斜め前に立っていた。
年の頃は二十歳前後だろうか。ノースリーブの、薄い生地のワンピースを纏(まと)った彼女は、その蒸し暑いカオスの中で、奇跡のように涼しげな輪郭を保っていた。白い、透き通るようなうなじから肩にかけてのラインには、触れれば指先が切れてしまいそうなほどの危うい色香が漂っている。汗ばんだ鎖骨の窪みに、窓からの鈍い光が溜まり、妖しく光っていた。僕はただの乗客のふりをしながら、彼女のその、暴力的なまでに美しい横顔を、盗むように見つめていた。
その時、バスがひどく不器用な音を立てて大きく揺れた。
彼女の身体がしなやかにしなり、バランスを保つために右腕が天に向かってまっすぐに突き上げられた。つり革を掴む彼女の指先は細く、爪は丁寧に整えられている。
だが、僕の視線はそこから数センチ下、彼女の剥き出しになった腋の下へと、磁石のように吸い寄せられ、そのまま縫い付けられてしまった。
そこには、僕の貧相な想像力を一撃で粉砕する、漆黒の小宇宙が広がっていた。
それは、ただの「処理されていない毛」などという味気ない言葉で片付けていいものではなかった。密集し、互いに絡み合いながら、湿った光沢を放つその黒い塊は、まるで命を与えられた官能的な「マリモ」だった。バスがエンジンを激しく震わせるたびに、そのマリモは彼女の呼吸と連動し、ヴォ~ンという重低音に身を委ねるように、艶めかしく、かつ堂々と波打っている。
あまりのセクシーさに、僕は目眩(めまい)を覚えた。
日本の、記号化された「ツルツルの美」しか知らなかった僕にとって、彼女のその秘部とも言える野生の黒は、あまりにも過剰で、あまりにも肉体的だった。彼女の放つフェロモンが、その黒いマリモを媒介にして、バスの熱気ごと僕の鼻腔を容赦なく貫いてくる。
彼女は自分の腋の下に宿るその圧倒的な性の象徴を、隠そうとする素振りすら見せない。むしろ、「これが私の肉体であり、私の生そのものである」と、世界に向かって傲慢に誇示しているようでもあった。その堂々とした佇まいは、下俗な視線を跳ね返す高潔さがあり、だからこそ、なおさら僕の妄想を激しく駆り立てた。
もしあの黒い髪の中に指を滑らせたら、一体どんなに熱く、濃密な情念が指先に絡みついてくるのだろう。
彼女が次の停留所で、風のように去っていった後も、僕の網膜にはその黒い深淵が焼き付いて離れなかった。あのマリモは、ただのムダ毛ではない。人間が人間として生きていくための、剥き出しの業(ごう)であり、あの夏の北京で僕が出会った、最も淫(みだ)らで、最も美しい、生命の結晶だったのだ。
僕は今でも、あのバスの揺れを思い出す。そして、あの黒いマリモが、僕の心の奥底にある、言葉にできない歪んだ情熱を今も揺さぶり続けている。
小説 黒い毬藻
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