【小説】セロテープのパッチワーク

ストーリー

継ぎ接ぎのラプソディ
そのバッグを目にした瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。それは、私の中に澱のように積もった、ある種の「敗北感」を象徴するような存在だったからだ。
「これ、素敵でしょう? パリのアンティークショップで見つけたの」
そう言って、美奈子は、その、お世辞にも上品とは言えない、色とりどりの布の切れ端を繋ぎ合わせたバッグを、カフェのテーブルの上に置いた。
美奈子は、大学時代の友人だ。当時は私の方がずっと垢抜けていて、男の子たちの視線を独占していたのに、今では彼女は、誰もが知る建築家と結婚し、広尾の低層マンションで、誰もが羨む「丁寧な暮らし」を送っている。

完璧なパッチワーク、不完全な私
「パッチワーク」という言葉は、本来、節約や再利用といった、どこか生活臭の漂う言葉のはずだ。けれど、美奈子の口から語られると、それは「ストーリーのある、オンリーワンの芸術」へと昇華される。
彼女の人生そのものが、完璧に計算された、美しいパッチワークのようだった。
一流大学、大手の商社勤務、そして、才能ある夫。彼女は、自分の人生に必要なピースを、完璧なタイミングで、完璧な場所に配置してきた。
一方、私の人生はどうか。
私は、外資系の化粧品会社で、それなりのポジションに就いている。自由が丘の一等地にマンションを買い、週末はヨガに通い、季節ごとの新作コスメは欠かさずチェックする。
傍目には、私も十分に「成功した、自立した女性」のピースを揃えているように見えるだろう。
けれど、私は知っている。
私という人間は、美奈子のように、美しい糸できちんと縫い合わされたパッチワークではない。
古くなった感情、捨てられないプライド、そして、誰にも言えない寂しさ。
それらを、ただ、見栄という名の、安っぽいセロテープでペタペタと貼り合わせただけの、継ぎ接ぎだらけの存在であることを。

セロテープの脆さ
その夜、部屋に戻った私は、クローゼットの奥から、一つの箱を取り出した。
中には、私が二十代の頃に、当時の恋人と一緒に作った、小さなパッチワークのクッションカバーが入っている。
彼は、売れない画家だった。お金はなかったけれど、二人で、着古したTシャツや、古着屋で買ったシャツの切れ端を持ち寄り、不器用な手つきで縫い合わせた。
「いつか、大きな家を買ったら、そこに飾ろう」
彼はそう言って、笑った。
けれど、その夢は、生活という現実の前に、あっけなく崩れ去った。
彼が去った後、私は、そのクッションカバーを、ハサミで切り刻もうとした。けれど、できなかった。
代わりに、私は、ほつれた糸の代わりに、デスクにあったセロテープを手に取った。
布と布の境界線に、セロテープを貼る。
それは、あまりにも滑稽で、あまりにも痛々しい行為だった。
けれど、そうすることで、私は、彼との思い出を、そして、あの頃の自分の純粋さを、なんとか繋ぎ止めているような気がしたのだ。
セロテープは、時間が経てば劣化する。
黄色く変色し、粘着力を失い、パリパリと剥がれ落ちる。
私の今の生活も、このセロテープのようだ。
「外資系キャリア」というラベルも、「自由が丘のマンション」というステータスも、私の中にある空洞を、根本的に埋めてくれるわけではない。
ただ、表面をペタペタと貼り付け、なんとか「形」を保っているに過ぎない。

剥がれかけた虚栄
「美奈子のバッグ、見た?」
後日、別の友人と食事をした時、そのバッグの話題になった。
「あれ、本当はアンティークなんかじゃなくて、彼女が最近ハマってる、有名なハンドメイド作家の作品らしいわよ。何十万もするんだって」
私は、ワインを一口含み、乾いた笑いを浮かべた。
アンティークだろうが、現代のアートだろうが、美奈子が「選んだ」というだけで、それは価値を持つ。
彼女の人生という、完璧なパッチワークの一片として。
帰宅後、私は再び、あの箱を開けた。
黄色く変色したセロテープは、今にも剥がれ落ちそうに、布の端を繋ぎ止めている。
私は、そのセロテープを、指先で静かに剥がしてみた。
ペリペリと、乾いた音がする。
剥がれた跡には、布の表面が少し毛羽立ち、そこに確かにセロテープが存在していたという、虚しい痕跡だけが残った。
「……バカみたい」
私は、そのクッションカバーを、ゴミ箱の中に投げ入れた。
美奈子の完璧なパッチワークには、一生、勝てない。
けれど、私はもう、セロテープで継ぎ接ぎした自分でいることに、疲れてしまったのだ。

新しい糸を求めて
ゴミ箱に捨てたクッションカバーを、もう一度、拾い上げた。
セロテープの痕跡を、指先で丁寧になぞる。
それは、私が傷つき、悩み、なんとか生きようとしてきた、その軌跡そのもののように思えた。
私は、裁縫箱を取り出した。
中には、一度も使ったことのない、色とりどりの刺繍糸が入っている。
私は、黄色く変色したセロテープをすべて剥がし、代わりに、その刺繍糸を針に通した。
不器用な手つきで、布と布を縫い合わせていく。
美奈子のバッグのように、洗練された仕上がりにはならない。
糸は蛇行し、目は不揃いで、とても人に見せられるようなものではない。
けれど、それは、セロテープのように、時間が経てば剥がれてしまうものではなかった。
一つ一つの縫い目が、私の手で、私の意思で、そこに刻まれていく。
私は、自分の人生というパッチワークを、もう一度、自分の手で縫い直すことにしたのだ。
継ぎ接ぎだらけでも、歪んでいても、それは、私が私として生きている、その証なのだから。

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