小説 黒たんぽぽ

○あの、ぬるい湿気を孕んだ一九九八年の北京の路線バスの車内で、僕の網膜に焼き付いたあの黒いマリモのような腋の毛の塊と、僕の鼻腔を確かにあの日、そしてそれ以降もずっと支配し続けているベビーパウダーのような、あるいはニベアの青い缶の蓋を開けたときのような、あのあまりにも不釣り合いで過剰なまでに清潔な匂いの記憶。
その二つが、二十年以上の歳月を経て、今夜、一杯の中国茶の記憶によって完璧に結びついた。
その瞬間、僕の脳内で小さな火花が散り、長年どうしても解けなかった数式が、あまりにも単純なひとつの答えによって証明されたときのような、奇妙な静けさが訪れた。僕は、やられた、と思った。同時に、あまりの気味の良さに、薄暗い部屋で一人、声を上げて笑いそうになった。
人間の記憶というのは、本当にたちの悪い悪戯(いたずら)を仕掛けてくる。
当時、中国の工場を這い回るようにして働いていた僕は、あの埃っぽく、何もかもが剥き出しで、生命のノイズに満ちた大陸の熱気から逃れるようにして、毎日、茉莉花(ジャスミン)の茶を好んで飲んでいた。喉を鳴らして飲み干すその淡い琥珀色の液体は、僕にとって唯一の、安息の聖域だったのだ。
ジャスミンの花というのは、きわめて業の深い二面性を持っている。
植物としてのそれは、抽出された濃度が濃ければ濃いほど、人間の肉体や、ある種のフェロモンのような、生々しく、泥臭い野生の匂いを放つ。男を惑わす獣の呼び声のような匂いだ。しかし、それがひとたび湯に溶け、薄まり、空気中に霧散するとき、それは一転して、うっとりするような気品と、どこか粉っぽい、あの懐かしい石鹸やベビーパウダーのような「究極の清潔」へと姿を変える。
あの日のバスの中で、僕の目の前でつり革を掴んだ二十歳前後の、文句のつけようのない美女。
彼女のノースリーブの袖口から、ヴォ~ンというエンジンの不躾な重低音に呼応するようにして現れた、あの漆黒の、絡み合い、自立したマリモ型の毛の塊。
あれは、圧倒的な「肉体の野生」そのものだった。
その強烈な野生の視覚情報が僕の脳に飛び込んできた瞬間、僕の身体に深く染み付いていた茉莉花の記憶が、留め金を外されたように跳ね上がったのだ。
脳のいたずらな調香師は、彼女の腋の下に宿る「野生のフェロモン」のイメージを、僕が毎日飲んでいたジャスミンの「肉体的な匂いの成分」へと瞬時に結びつけ、そしてそれを、ジャスミンが持つもう一つの顔である「パウダリーな、ベビーパウダーの甘い清潔さ」へと一瞬で翻訳してしまった。
だからこそ、僕は変態的に、その黒い塊を見ただけで、ニベアのような優しい匂いを幻視したのだ。不潔と清潔、野生と母性という、本来なら決して交わるはずのない二つの極論が、茉莉花という触媒を媒介にして、僕の脳内で完璧にマリアージュ(融合)していた。
僕は、その謎が完全に解けた今、手元にある酒を静かに口に含む。
僕があの夏、北京のバスの中で目撃したのは、単なる一人の美女の処理されていない体毛などではなかった。あれは、中国という大陸の圧倒的な生命力と、僕が愛した茉莉花の香りと、人間の脳が編み出すエロティシズムの最高傑作が、一瞬だけ交差した奇跡のような風景だったのだ。
長年の謎が解けた今夜の酒は、どこか、あの懐かしい茉莉花の香りがするような気がしてならない。

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