総理

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鉄鉢(かなぱち)の中にも、時代の風。
どこまでも青い空を、千切れた雲が急ぎ足で過ぎていく。私の足も、それにつられて少しばかり速くなる。世の中は、ずいぶんと賑やかになったものだ。町の電器屋の店先に並ぶ薄い箱の中では、一人の女が凛とした声で語り続けている。高市、という名らしい。この国の新しい「顔」になったのだという。
まっすぐな道でさびしい、かつての私の句がふと口をつく。しかし、彼女の歩む道は、寂しさを撥ね退けるような烈しさに満ちている。
鉄の意志、鋼の草鞋
彼女の言葉を聞いていると、どこか軍歌の響きに似た、しかしそれよりも鋭利な、研ぎ澄まされた刃の輝きを感じる。「日本を守る」「誇りを取り戻す」その言葉のつぶてが、行き場のない浮浪の身である私の背中を、冷たく、だが確かに叩く。私の托鉢の鉢には、近頃、お布施の小銭がよく響く。景気が良くなる兆しなのか、あるいは人々が何かに縋りたい一心なのか。
居酒屋の暖簾をくぐれば、労働者たちが熱っぽく議論を戦わせている。
「今度の首相は強いぜ」「芯が通っている」
酒の匂いに混じって、高揚した熱が店内に満ちている。酔うて、あかい顔のままの、新しい日本の女か、私はコップ酒を煽る。安酒の痺れるような感覚が喉を通り過ぎる。彼女の躍進は、停滞していたこの国の泥水を掻き回す、巨大な棒のようなものかもしれない。濁っていた水が、勢いよく流れ始めた。その先が清流か、それとも激流の果ての滝壺かは、私のような世捨て人には預かり知らぬことだが。
影と日向
彼女が登壇する演説会場を、遠巻きに眺めた。
日の丸が波のように揺れている。熱狂。それは時に、個人の孤独を塗り潰してしまうほどに眩しい。彼女の背負っているものは、私が背負っているボロの背嚢(はいのう)よりも、遥かに重いのだろう。背負うている荷物の重さよ、この国の明日よ、彼女の瞳には、一切の迷いがない。それは、死に場所を求めて彷徨っていた頃の私とは正反対の、生への、そして権力への、凄まじい執着と自負だ。
躍進。
その二文字の裏側で、どれほどの言葉が削られ、どれほどの涙が、あの硬い表情の裏側に隠されたのか。私は、一合の酒を飲み干し、再び歩き出す。彼女が進む道は、おそらく茨の道だろう。だが、彼女はそれを承知で、ハイヒールの音を響かせて歩いていく。ほろほろ酔うて、風の中を、高らかにゆくか私は笠を深く被り直し、彼女とは逆の方向へ、夕闇の迫る道をゆく。
あのおなごの時代が、どうか、腹を空かせた放浪者が、せめて一杯の熱い粥を啜れるような世であってほしい。そう願いながら。

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