「お局」と呼ばれるドンの存在

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・組織の「影」について ― お局という意匠
直接に会社を壊そうなどという野心はない。しかし、背後から音も立てずに組織の体裁を崩していくのが、いわゆる「お局」という存在だ。彼女らは、会社全体を見渡しはしない。ただ、自分の手が届く狭い領土に、強烈な支配の楔を打ち込む。
全体会議での彼女らの沈黙を見よ。あれは謙虚なのではない。会社の行く末などという、自分以外の出来事に対して、徹底的に無関心なだけだ。ただ己の道を行く。その無私のようでいて、実は極めて利己的な執着こそが、組織にとって最も始末に負えない代物なのである。
・制度と人間
この厄介な存在に「腰巾着」が寄り添えば、もはや手出しはできない。
かつての職場で見た光景は、正に喜劇であり悲劇だった。彼女の振る舞いは、未来ある若者を悉く退け、ついには営業会議の議題にまで上った。有能な社員、特に正義感に燃える女性ほど、その淀んだ空気に耐えられず、自ら去っていく。
これは果たして、特定の企業に限った不幸なのだろうか。お局という「制度」がもたらす被害は、既に尋常な域を超えている。


・ベトナムの女傑 ― 悪と徳の均衡
視点を変えて、ベトナムでの話をしよう。そこにも「影のお局」はいた。誰もが彼女を無視し得なかった。
驚くべきことに、彼女は廃棄品のリサイクル料をピンハネしていたという。だが、会社はそれを見逃していた。なぜか。彼女はその金を独り占めせず、同僚に菓子を買い、アイスを振る舞うという、「強かさ」という名の還元を行っていたからだ。
・清濁のあわい
会社に露見しながら、それを公認の事実へと変えてしまう。その胆力には脱帽するしかない。日本人側も彼女を排除しようと動いたが、結局は諦めざるを得なかった。彼女の仕事があまりに正確で、あまりに精通していたからだ。能力が、倫理を凌駕してしまったのである。
今、振り返れば、私が帰国する際に誰よりも盛大な壮行会を開いてくれたのも、他ならぬ彼女だった。
彼女を単なる「悪」と断ずるのは容易い。しかし、そこには理屈では割り切れない、「いかした姉御肌」という、生身の人間の凄みがあったことも否定できない事実なのだ。

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