中国の人は時間にルーズだ、という話をよく耳にする。
それは酒場の薄暗い隅っこで、誰かが吐き出した何の実感も伴わない偏見のようでもあり、あるいは効率だけを追い求める現代人が作り上げた、歪な定義のようにも聞こえる。
だが、僕が北京師範大学、通称「師大」での生活の中で出会った蘭さんという女性の存在は、そんな世間の安っぽい物差しを、音も立てずに優しく折ってしまった。
蘭さんは、いつも僕との待ち合わせに、あまりにも早くやってきた。
朝の八時に会う約束をすれば、彼女は六時にはもうキャンパスに立っていた。まだ街全体が白く濁った眠りの中にあり、清掃員が吐き出す白い息だけが風景に輪郭を与えているような、そんな時間にだ。
彼女はそこで二時間、ただじっと待っている。
それが僕という人間に会いたいという切実な想いによるものなのか、あるいは彼女の心の中にだけ流れる特殊な時間感覚のせいなのか、僕には最初、わからなかった。
蘭さんの外見を言葉にするのは、少し難しい。
身長は百五十センチメートルほどで、全体的にふっくらとした印象を与える。手足は短く、顔は僕がこれまでに見てきたどの顔よりも、堂々と、大きくそこにあった。絶世の美女ではないかもしれない。けれど、一緒に街を歩いていても、風景の一部としてあまりにも自然に、それでいて確かな違和感を持ってそこに存在できるような、そんな美貌。そして何より、彼女は気が強かった。
大陸の風にさらされて生きてきた女性たち特有の、あの「自分を守るために磨き上げられた牙」のような気の強さ。それは決して攻撃的なものではなく、ただそうあらねば立っていられないという、生存への誠実さのように僕には見えた。
日本という国では、「おしとやかさ」が女性の美徳として、まるで古い宝物のように大切に扱われている。
けれど、大陸の土を踏むと、その価値観はどこか遠い世界の寓話のように思えてくる。そこでは、気の強さは生きるための知恵であり、尊厳だ。おしとやかであることを強いる文化と、気が強いことを逞しさとして受け入れる文化。どちらが正しいかなんて、僕には言えない。ただ、その強さの裏側に、時折ふっと見え隠れする静かな眼差しに、僕は救われるような心地がすることがあった。
林くんという友人の縁で、僕は朝鮮族の家庭をいくつか訪ねる機会を得た。そこで目にしたのは、「男尊女卑」という言葉を飲み込んでしまうほどに、冷たく、重たい空気だった。
あるとき、林くんの祖父の葬儀に参列した。朝鮮族のしきたりは、男たちにとっては延々と続く酒宴であり、女たちにとっては終わりなき労働だった。男たちは一晩中、亡くなった人の思い出を肴に酒を呑み、声を荒らげる。その影で、女性たちは厨房の熱気に蒸されながら、次から次へと料理を作り、酒を運び、男たちの世話を焼く。葬儀という、本来なら誰もが等しく悲しみに暮れていいはずの場所で、女性たちだけがその権利を剥奪されているように見えた。朝方が近づく頃、疲れ果てた林くんの母親が倒れたと聞いた。
それでも男たちの宴は終わらない。そこにあるのは、同情を寄せ付けないほどの強固な「男子至上主義」という名の、あまりにも不器用で暴力的なシステムだった。
蘭さんもまた、朝鮮族の血を引いていた。けれど、彼女は自分のルーツであるはずの言葉を、一言も喋ることができなかった。
そのことが、彼女をどこか「根無しの草」のような、浮遊した存在にさせていたのかもしれない。彼女は三十二歳で、驚くほど面倒見が良かった。人種や年齢の壁をひょいと飛び越えて、誰とでも仲良くなった。僕の宿舎にいる従業員たちとも、いつの間にか昔からの友人のように笑い合っていた。そして、彼女がなぜ六時にやってくるのかという、あの小さな謎の答えも、やがて僕の元に届いた。
蘭さんの家族は、北京の喧騒が遠く及ばない、ひっそりとした郊外で暮らしていた。そこから師大へ辿り着くためには、朝一番のバスに乗るしかなかった。日本の、どんなに不便な田舎でも一時間に一本はバスが来るような場所で育った僕たちには、想像もつかない現実がそこにはあった。
蘭さんの住む村から出るバスは、二時間に一本。八時に着くためのちょうどいいバスなんて、最初から存在しなかったのだ。次の便に乗れば、八時を大幅に過ぎてしまう。遅刻という、他人の時間を奪う行為を避けるために、彼女は「二時間早く着く」という、あまりにも不器用で、あまりにも誠実な道を選んでいた。タクシーを呼べばいい、携帯で連絡すればいい。そんな「正解」は、当時の中国で懸命に生きる彼女の日常には、入り込む隙間なんてなかった。
二〇〇〇年前後の中国は、商売至上主義の波に呑まれながらも、交通という名の血管はまだ十分に張り巡らされてはいなかった。
守りたくても、守れない。誠意を持とうとすればするほど、物理的な限界がその行く手を阻む。それを「国民性」という一言で片づけてしまうのは、あまりにも想像力が欠如している。
ブラジルの人たちが「おおらかな性格だから時間に遅れる」という話も、もしかしたら、目的地に辿り着くための手段が限られているという、逃れようのない現実の裏返しなのかもしれない。
性格の問題ではなく、環境の問題なのだ。もし本当に彼らがただ「だらしない」だけの存在なら、この複雑な世界でビジネスなんて成立するはずがない。
六時の冷たい空気の中で、僕を待っていた蘭さんの、あの少し大きな顔。二時間の空白を、彼女は何を思いながら過ごしていたのだろう。それは退屈だったかもしれないし、あるいは、僕という人間に「約束を守る自分」を見せるための、静かな儀式のような時間だったのかもしれない。交通インフラが整っていないという不自由。その不自由さの隙間から溢れ出していたのは、ルーズさではなく、あまりにも切実な、剥き出しの誠意だった。僕は今でも、時間を守るということが、時として一人の人間の誇りを賭けた戦いであることを、彼女の後ろ姿から教わったような気がしている。
誰かの誠実さを、自分の物差しだけで測ってはいけないのだ。
遅れてくる誰かの足元に、あるいは早すぎる到着の影に、どんな道のりがあったのか。そんな想像力を持ち続けることだけが、僕たちが他人と本当の意味で出会うための、唯一の鍵なのかもしれない。
師大の門の前、朝靄の中に立っていた彼女の姿は、今も僕の記憶の中で、静かに、けれど確かに、光を放ち続けている。
中国人は時間にルーズ
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