前述のダイソンの話に関連して言えば、「売れることこそ正義、売れなければ存在価値なし」というのは商売の世界における残酷な真理だ。どんなに技術的に優れていても、どんなに理念を掲げても、結局は市場で売れなければ意味がない。私自身も、この「売れることがすべて」という状況を身をもって体験したことがある。舞台は中国駐在時代。あるメーカーの大衆車が爆発的に売れ、街中がその車で埋め尽くされるほどの勢いだった。人々の生活の風景そのものが、その車によって塗り替えられていくような感覚さえあった。
私たちの会社はカーオーディオ用のプラスチック部品を担当していたが、その需要に応えるため、出荷は24時間体制。昼夜の区別など存在せず、まるで工場が眠らない都市伝説のような状況だった。当然ながら現場は修羅場で、親会社から応援部隊が派遣され、課長クラスのお偉方が製造階の会議室に陣取り、軍監のように生産ラインを監視していた。駐在員は連日徹夜で、体力も精神も限界に近づいていた。
特に厄介だったのは「メッキ」工程である。必要になると深夜11時に関連会社へ電話し、部品にメッキを施すよう依頼する。親会社からの指示は「叩き起こしてでも作らせろ!」というもの。私自身も「何寝てんだ、親会社からのお達しだ!」とメッキ会社の社長を怒鳴りつけたことがある。今思えば完全に深夜のコントのような光景だ。さらに「材料を持っていくから従業員を集めて準備しろ、逃げたら承知しないぞ!」と脅し文句まで飛び出す始末。
メッキ屋は会社から車で50分ほどの距離。営業車に検査員二人と運転手を乗せて突撃すると、社長は不機嫌そうに待っていた。夢の中を叩き起こされたのだから当然だろう。表面上は笑顔でも、内心でははらわたが煮えくり返っていたに違いない。だがその場では誰も弱音を吐けない。需要が爆発している以上、すべては「売れることこそ正義」という論理で押し切られる。
しかし本当に厄介だったのは社長の手下の「猿漢」たちだった。彼らはキーキーと訳の分からない言葉で文句を言い続け、検査員を挑発する。私は上品な中国語を勉強していたので、彼らの方言は全く理解できなかった。中国語は奥深く、50km離れるだけで訛りが強すぎて聞き取り困難になることもあるらしい。私にとってはまさに猿の鳴き声と同じレベルで理解不能だった。
こうして振り返ると、あの時代は「売れることこそ正義」の象徴だった。需要が爆発すれば常識も睡眠も人間関係も吹き飛ぶ。親会社の命令は絶対、現場は徹夜、メッキ屋は強制召集、猿漢はキーキー騒ぐ。何を言っているのかさっぱりわからない。こいつは本当に中国語を話しているのか?と疑いたくなるほどだった。


コメント