中国工場の舞台裏―「品質」を巡る、泥臭くて愛おしい知恵比べ
中国の工場では、定期的に「品質会議」が開かれていました。「会議」と聞くと、スーツを着た人たちが静かに話し合う堅苦しい場を想像するかもしれませんが、実際はもっと人間味にあふれた、現場の「悲喜こもごも」がぎゅっと詰まった舞台なんです。
「不良品見本市」と工場版の推理ドラマ
会議の幕開けは、まず不良品の発生状況の報告から。射出成形で生まれてしまったバリや寸法不良、変形、色ムラ……。並べられた失敗作たちは、まるで「不良品見本市」のような賑やかさです。それらを横目に、不良率や歩留まりの推移を数値で追っていきます。数字というものは時に冷酷ですが、私たちがどこへ進むべきかを教えてくれる「羅針盤」でもあるんですよね。
次に行われるのは、犯人探しのための原因分析です。原料の水分量や配合比、金型の摩耗、その日の温度や湿度まで、あらゆる要因が議論の対象になります。「これが原因じゃないか?」「いや、こっちのメンテナンス不足かも……」と知恵を出し合う様子は、さながら「工場版の推理ドラマ」。不良という名の犯人を突き止めるプロセスには、現場のプライドがぶつかり合います。
ゲームのようなランク付けと、守りの「5S」
検査体制をどう強化するかも、欠かせないテーマです。検査員の習熟度を話し合い、精度を高める工夫を凝らします。興味深いのは、検査員にランク付けを行っている事例があること。技術が上がればランクも上がり、それがモチベーションに繋がります。まるでゲームのキャラクターがレベルアップしていくようで、少しワクワクする仕組みだと思いませんか?
それと同時に、基本である「5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・躾)」も徹底されます。現場パトロールの結果を共有し、ヒューマンエラーを防ぐための地道な努力を積み重ねる。工場の隅々まで「きれいに、きちんと」を保つことは、品質という大きな建物を支える、頑丈な基礎作りなんです。
「品質裁判」と、現場の切ない本音
会議の終盤、議題は「顧客クレーム」や「外部監査」へと移ります。納品後に届いた厳しい声に対し、再発防止策を必死にひねり出す。ISO9001などの国際基準を維持できているか確認するその空気感は、もはや会議というより「品質裁判」と呼ぶ方がしっくりくるかもしれません。
ただ、ここで少し複雑な「本音」も顔を出します。どれほど立派なルールを掲げていても、現実は「お客さんがOKと言えば、それが正解」という側面があるからです。「品質」という言葉は、絶対的な正義のようでいて、実はとても曖昧なもの。建前と本音の狭間で揺れ動くのも、また工場のリアルな姿なのです。
忘れられない、あの熱狂の「人海戦術」
ふと思い出すのは、あるカーオーディオ会社様がお得意さんだった頃のことです。当時、某自動車メーカーの大衆車が爆発的にヒットし、私たちの工場もその渦中にありました。とにかく生産が追いつかない! そこで私たちは、中国工場のスタッフを650人から840人へと一気に増やして対応しました。
新作の量産計画は前からわかっていましたし、準備も進めていました。けれど、どうしても機械化が間に合わない。結局、最後を救ったのは「人海戦術」でした。最新鋭の設備ではなく、人の手、人の力。今思えば少し時代錯誤な戦い方だったかもしれませんが、あの時の「人力こそが最大の武器」という熱気は、今も胸に焼き付いています。
「損して得取れ」の精神で繋ぐ絆
当時、私たちはそのお得意さんにとってナンバーワンのベンダー(供給業者)でした。他社も参入していましたが、量も種類も、私たちの存在感は圧倒的だったんです。でも、その地位を築くまでは楽な道ではありませんでした。親会社の要望に必死で応え、時には赤字覚悟の価格交渉に甘んじることも。
いわゆる「損して得取れ」の精神です。この部品で赤字が出ても、別の部品で利益を出して全体でバランスを取る。そんな、持ちつ持たれつの危うくも強い信頼関係が、私たちのビジネスを支えていました。
最後に
品質会議は、理屈の上では「改善の場」です。けれどその実態は、冷酷な数字に追いかけられ、顧客の要望に振り回されながらも、なんとか明日を掴み取ろうとする「生き残りのための知恵比べ」でした。
泥臭い舞台裏を知ると、あの日会議室で語られていた「品質」という二文字が、少しだけ重く、そして誇らしく感じられるのです。



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