土曜の朝、私はふと思いついて市役所へ勉強に行くことにした。
私の住む町の市役所の一階には、直径二メートルほどもある大きな円卓が四つ置かれている。椅子は、他人と肘がぶつからぬよう、ほどよい間隔で四つずつ配置されていた。
行ってみると、そこには私と同じような考えを持った中年の男が、ひとり静かに座っていた。ある者は書類を熱心に調べ、ある者は手持ち無沙汰に携帯を弄(いじ)っている。すぐ側に売店があり、本来ならざわついてしかるべき場所なのだが、そこには図書館の自習室よりも深い静寂が漂っていた。この「予期せぬ静けさ」は、私にとって愉快な驚きであった。
この役所は土曜こそ休みだが、日曜の午前中は開いている。世の中には水曜や木曜の夜遅くまで窓口を開けている役所もあるようだが、私は日曜開庁の方が、ずっと理にかなっていると思う。地元で働く者は夕方にはもう疲れ果てているし、遠くから戻る者には間に合わない。日曜の朝に用を済ませるというのは、実に賢明な、健やかな判断ではないか。
わが街は、決して大都市ではない。面積も狭く、人口もほどほど、無理に工場を誘致してあくせくする気配もない。しかし、人々が物事に無関心かといえば、そうではない。フードロス対策などという現代的な課題には、妙に熱心に取り組んでいる。街の通りはいつも掃き清められていて、気持ちが良い。近頃は外国人の姿もちらほら見かけるようになったが、それもこの街の静かな新陳代謝のように感じられる。
市役所への道すがら、私は公園を横切った。 出口を出て、歩道へ移り、十歩ほど歩いた時のことだ。七十格好の小綺麗な老婆が、私を見て、実に朗らかに「こんにちは」と声をかけてきた。
「あっ、こんにちは」
私は少し慌てて、ぎこちなく返した。不意を突かれたのだから、これは仕方のないことだ。 だが、別れた後に少し後悔した。あの時の天気、公園で遊ぶ子供たちの賑やかさ――話の種はいくらでも転がっていたのだ。もう一言二言、気の利いた言葉を返してやれば、老婦人の微笑みにもっと報いられたのではないか。
しかし、その小さな後悔は、決して暗いものではなかった。 何でもない挨拶一つが、私の心を温かく、確かな弾力を持って膨らませてくれた。実によい心持ちであった。


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